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焦り丸出しで、もはや哀れ・・・。

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宝泉院 (茶席:大原) 額縁庭園を眺め、薄茶を楽しむ

どうも、サッチャー女男爵マーガレット・ヒルダ・サッチャーです。
リーダーは好かれなくてもよい。 しかし、尊敬されなくてはならない。

tp-IMG_3168.jpg 
大原は、京都市内とは思えないほど市街地から遠く離れた地。

寒かろうが、暑かろうが、そこへこれだけの人が集まるのだから、
観光地・京都大原の集客力は単純に凄いと思う。

大原三千院、出世稲荷を参拝。
奥に進んでいくと、宝泉院という天台宗の寺院があった。
tp-IMG_3209.jpg 

d-IMG_5493.jpg 
拝観料800円とは随分高いなと思ったら、茶が振舞われるという。

高名な「額縁庭園」、そして樹齢700年の天然記念物「五葉の松」が見える席に座る。
なかなかいいものだ。

d-IMG_5496.jpg 
気分は、上洛を果たして茶で一服する、織田信長の気分。

上洛当時の信長に、茶の湯の嗜みはなかったとは思うが、
まあそんなことはどうでもいい。

d-IMG_5497.jpg 
お茶は薄茶のようである。

大きな松を眺めつつ、茶を楽しむ。
参拝で疲れた身体を小休止させるに、この上ない時間と空間。

d-IMG_5500.jpg 
薄茶席は一般的に干菓子、濃茶席は生菓子と聞く。

こいつは、薄茶席で生菓子か。
まあ、いいや。

d-IMG_5499.jpg 
薄茶ではあるが、しっかりと独特の渋みがある。
口の中がさっぱりと、なんとも清涼になる。

抹茶と和菓子。
よく考えられた組み合わせだ。

後で知ったが、寺坊内に伏見城の床板が血天井として使われているらしい。
惜しいことをした。

慶長5(1600)年、徳川家康は会津征伐に赴く途上、伏見城で宿泊する。

伏見城の死守を託すは、家康が今川家人質時代からの側近であった鳥居元忠。
その父・鳥居忠吉も家康の父・松平広忠に忠義を尽くした老臣。

会津に向かえば、石田三成らが挙兵するのは分かっている。
畿内の徳川家の拠点、伏見城が真っ先に狙われるのは自明の理。
が、2,000ほどの兵しか与えることはできない。

躊躇する家康に、元忠は「1人でも多く会津へ連れて行く」よう進言したという。
この忠義に感銘した家康は、深酒が嫌いに関わらず、深夜まで酒を酌み交わしたとか。

果たして、伏見城は宇喜多秀家、小早川秀秋ら4万の大軍に攻められる。
元忠率いる守備兵は、誰一人として逃げ傷なしの壮絶な死闘を繰り広げ、
西軍に損害を与え、何より稼げるだけの時間を稼いだ。

一騎打ちの末、討ち死にした鳥居元忠は「三河武士の鑑」と称される。

江戸幕府の大名となった子孫には、改易の危機に陥った者もいる。
それが減封で済んだのは、藩祖元忠の忠義の賜物であった。

ああ、見たかった・・・。
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コメント
9221: by ザツ on 2014/10/04 at 06:30:53

おおっ、二回目の茶会ネタですね。

私は作法は知りませんが、美味しく飲めたら
いいのかなぁなんて、想像してしまいます。

鳥居元忠のような上司だったら
一緒に枕を並べて、私は討死できるか?
とこの記事を拝見しながら考えてました。

結論は出てませんが(笑)

9228:Re: タイトルなし by ま~くん on 2014/10/04 at 11:15:26

>ザツさん

コメントありがとうございます。

自らも最前線に立ち、相手と斬り合い、
最期は一騎討ちで果てる。

鬼神のような上司なら、
ついていきたいかなあと思います。

「かかれ」と言うだけで、床机から立たないのは・・・。

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