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お食事処 かさの家 (和菓子:大宰府) 梅ヶ枝餅

どうも、少弐氏の祖、武藤大宰少弐資頼です。

奇跡のレストランと出会えた九州の旅。

その初日は、強い雨の中、太宰府天満宮へ参拝した。
この旅で、心より楽しみにしていた唯一の訪問場所でもある。

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第59代・宇多天皇は摂政・関白を置かず、天皇親政を目指し、学者の菅原道真を重用した。
関白・藤原基経が死に、後継者が幼い隙をつき、藤原摂関政治からの脱却を目指したのだ。

譲位した宇多上皇は、子・醍醐天皇に訓戒を残す。
藤原北家の嫡子・藤原時平を左大臣、菅原道真を右大臣とし、摂関を置かないこと。

しかし、左右大臣は政争に陥り、敗れた菅原道真は、太宰権師として大宰府へ左遷。
この地で憤死を遂げる。

このため、藤原時平はすこぶる評判が悪い。
早死にしたことも重なり、道真の怨霊・祟りによって死んだと簡単に片付けられる。

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天皇親政を推進する醍醐天皇、政治改革を志す左大臣・藤原時平。

菅原道真に同情すれば、大いなる悪役となる2人だが、律令政治への回帰を目指し、
荘園整理令を発布するなど、その治世の功績は高評価を得るに相応しいものであった。

醍醐天皇親政の下、藤原時平が政務を執った時代を「延喜の治」と呼ぶ。
この治世こそ、後に鎌倉幕府を打倒した後醍醐天皇が理想とした政治である。

天皇の諡号・追号は通常は崩御後に定められる。
が、後醍醐帝は生前より「後醍醐」を遺諡として定めていたのだ。

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さて、太宰府天満宮の門前。
梅ヶ枝餅を扱う店がひしめきあう、賑やかな区画。

事前情報はなく、レーダーを起動させて「かさの家」という店を選んだ。
単純に、一番混んでいた、というだけのこと・・・。

梅ヶ枝餅は、太宰府天満宮の主祭神・菅原道真に由来する。

左遷され、悄然としていた道真に老婆が焼餅を献上し、この餅が好物となる。
道真の死後、梅の枝を添えて墓前に供えたのが始まり、など諸説がある。

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こちらの梅ヶ枝餅は、焼餅らしく表面がサクッとしている。

餡の甘味も控えめで、さっぱりしており、好みである。

同僚が買った他店のものは、もっと餅らしくモチモチとしていて、
表面がサクッとなっていなかった。

ふむ、色々個性があるようだ。

【訪問時期:2014年3月】

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